宮下奈都「よろこびの歌」

宮下奈都「よろこびの歌」あらすじ・感想・レビュー!合唱を描く小説

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宮下奈都さん著の「よろこびの歌」は、合唱を題材とした青春小説です。

よろこびの歌は、音楽女子たちの青春を追体験できることはもちろんですが、それだけでなく、「与えられた条件の中でいかに善く生きるか」というテーマと向き合いたくなる内容です。

この記事では、力を合わせて合唱をつくり上げるドラマだけにとどまらない、合唱女子たちからの問いかけについて、ご紹介したいと思います。

宮下 奈都 (著)

「よろこびの歌」のあらすじ

まずは、「よろこびの歌」のあらすじを、簡単にご紹介します。

「よろこびの歌」の主人公は、音楽家の家系で育った御木本玲。彼女は、「声楽」の道に進むために研鑽を積むものの、高校の音楽家受験で挫折してしまいます。

そんな彼女が通うことになったのは、新設で特筆すべき特徴もない私立の女子校でした。この没個性的な女子校が、「よろこびの歌」の舞台の中心となります。

そこには、玲と同じように、何かにつまずいたり、何かに恵まれなかったり、何らかの満たされない部分を持った生徒たちが集まっていました。

そこで、挫折感から期待を捨ててしまった御木本玲は、人と関わることもなく、何の起伏も抑揚もない高校生活を送っていました。他の生徒たちも、同様に何らかの諦めを抱えながら高校生活も中盤を迎えてしまいます。

そんな彼女たちにも転機が訪れます。それは、「合唱コンクール」でした。

普通の小説であれば、お互いに衝突しながらも力を合わせるようになり、最後には素晴らしい合唱をつくり上げる…そんな展開がよくあるパターンでしょう。

ところが、「よろこびの歌」では、御木本玲の奮闘もむなしく、合唱コンクールはびっくりするくらいあっさりと、成功とは言いがたい形で終ってしまいます。

実は、この合唱コンクールは、物語のプレリュードに過ぎなかったのです。

それぞれの生徒には、それぞれが大切にしているもの/ことが、合唱以外にもあります。しかしながら、各々が大切なものに対して何らかのもやもやを抱え、不完全燃焼のまま過ごしていました。

ところが、この合唱コンクールをきっかけに、彼女たちの人生は、それぞれの形で前進し始めます。

そして、それぞれの生徒は、御木本玲や合唱との触れ合いを通して、自分が大切にしているものとそれに対する諦念と向き合い、折り合いをつけていくのです。

「よろこびの歌」の感想・レビュー・見どころ

「よろこびの歌」のあらすじを確認したところで、感想・レビューと見どころについてご紹介したいと思います。

特に、以下の3つのポイントが印象に残ったため、順を追って見ていきたいと思います。

  • 「歌」とは何か?が問われる
  • ハイロウズの歌詞で生き方を考える
  • 挫折や制約とどう向き合うか

「歌」とは何か?が問われる

この記事を読んでくださっているあなたは、「歌」についてどう思いますでしょうか?そもそも、歌は好きですか?

もともと、音楽の始まりは「歌」でしいた。メッセージ性のある歌詞にリズムや旋律を加えたものが、音楽の始まりでした。

現在では、音楽と言えばピアノやオーケストラなどの器楽も思い浮かびますが、器楽のジャンルが広く受け入れられるようになったのは、歌よりもずっと後のことだったのです。

「歌」を唄うと、楽しい気持ちになったり、心がスッキリしたりしますよね。趣味としてやる分には、歌は楽しみや喜びに満ちた活動であると言えるでしょう。

しかしながら、「よろこびの歌」の主人公・御木本玲は、「歌」と深く向き合った結果、「歌」に挫折してしまいました。そんな彼女は、しばらく音楽から遠のいてしまいます。

ところが、合唱をするようになると、指揮者としてクラスメイト達の声を引き出す役割を担うようになります。

玲は、自分より技術的数段劣った生徒たちの紡ぎ出す音楽に、不覚にも感動してしまうことさえあります。

このように、他者の歌を引き出す経験の中で、彼女は「そもそも歌とは何か?」と問いと向き合うことになります。

その結果、自分と歌との向き合い方にも変化が生じ、歩みを止めていた彼女は再び音楽とともに歩み始めるようになるのです。

このような、御木本玲の歌に対する思いの内的な変化を追体験する中で、そもそも歌の始まりはどうだったのか?誰のための歌なのか?何のために歌うのか?といった疑問と対峙することになります。

歌や音楽に関心のある方でしたら、「よろこびの歌」で御木本玲の内面世界をのぞくことで、そもそも「歌」とは何であるのかという根本的な問いと向き合う楽しみが得られるでしょう

ハイロウズの歌詞で生き方を考える

「↑THE HIGH-LOWS↓」(ハイロウズ)というロックバンドをご存知でしょうか?

ハイロウズは、1995年から2005年まで活動していた、今でも熱狂的なファンを持つ日本のロックバンドです。

ハイロウズの歌は、メロディがアツいだけでなく、心に、人生観に響くような独特の歌詞を持つことが特徴です。

実は、「よろこびの歌」では、ハイロウズの歌詞のフレーズが頻繁に引用されています。それも、急に登場するのではなく、きちんと物語の文脈に沿った形で登場します。

私は、途中で出てくる「バームクーヘン」という歌の歌詞が引用されている部分で深く感銘を受け、立ち止まって何度も反芻してしまいました。

このように、物語のメッセージ性を高めるうえで、ハイロウズの歌詞が大いに活躍しているのです。

そのため、「よろこびの歌」は、ハイロウズが大好きな人にはたまらない作品であることは間違いないでしょう。

また、ハイロウズにそこまで詳しくない方でも、ハイロウズの素晴らしい歌詞を噛みしめるきっかけとなるはずです。

ぜひ一度、ハイロウズの世界観というレンズを通して、自身の心や人生観と向き合うのを楽しんでみていただきたいと思います

蛇足ですが、「よろこびの歌」は、各章のタイトルに、ハイロウズの歌詞が用いられています。著者のハイロウズへの深い愛情が、各所ににじみ出ています。

挫折や制約とどう向き合うか

序盤でも少し触れましたが、舞台となる高校には、玲と同じように、何かにつまずいたり、何かに恵まれなかったり、何らかの満たされない部分を持った生徒たちが集まっています。

主人公・御木本玲もその他の生徒たちも、挫折や制約から、何らかの諦めを抱えながら高校生活を送っています。

「よろこびの歌」のポイントは、挫折や制約とどう向き合っていくのかを、それぞれの生徒たちの葛藤と共に追体験できる点にあります。

今記事を読んでくださっているあなたも、何らかの挫折や制約、諦めなどを抱えていませんか?

それは経済的なものかもしれません。身体的な制約や取り返しのつかないケガなどもあるでしょう。受験や大会・コンクールなど、大きな挫折を味わった方もいるでしょう。

私だって、30にもなって自分の専門性と呼べるものがなかったり、経済的に裕福であるとは言えなかったり、目的意識のない学生生活を送ったり…など、様々なマイナス面と向き合っていかなければなりません。

これらとの折り合いのつけ方には、もちろん正解などありません。最終的には、自分の置かれた限られた条件の中でいかに生きていくべきなのかは、自分自身で判断していかなければなりません。

たとえ決断したとしても、人生は決断の連続です。どんな時でも、条件の制約なく自分の好きなように人生を選ぶことは、不可能です。

人は誰しもが制約を抱えているものです。その限られた条件の中で、「よりよく生きる」ために私たちは決断を重ねているのです。

翻って、「よろこびの歌」では、それぞれの生徒が、自分に与えられた制約と向き合っていきます。

最初は、挫折や制約から、ある種の諦めを抱えてしまいますが、合唱や御木本玲とのインタラクションの中で、それぞれが自分の置かれた条件とうまく折り合いをつけていきます。

それぞれに共通するのは、「自分が置かれた制約や条件の中で、よりよく生きるためにはどうしたらいいのか」という問いに自分なりの答えを出そうとしていることです。

そんな彼女たちの内的な変化を読み取りながら、「人間はそれぞれの制約を受け入れながら自分自身の形を変えていくことができる」、そんなメッセージが伝わってくる…それこそが、「よろこびの歌」という作品の神髄なのです

人は、一人として同じ条件の下で生まれてくる人はいません。親の経済力や容姿、才能やスキル、育つ場所など、誰もが個別に異なった条件の下で生きていかなければならないのです。

そして、「よろこびの歌」は、生徒たちが自分の置かれた状況とうまく折り合いをつけてよりよく生きる術を模索するのを追体験する中で、自分自身が置かれた条件下でよりよく生きるとはどういうことか、自身の内面と対峙する契機となることでしょう

宮下 奈都 (著)
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