「ピアノの詩人」と呼ばれる人物をご存知ですか?これは、作曲家ショパンを称する言葉です。
ショパンの作品はほとんどがピアノのための作品であり、ピアノにこだわり、ピアノ表現の可能性を追求し続けました。
そんなショパンが好んで使用したのは、エラールとプレイエルのピアノです。
ショパンがなぜエラールとプレイエルのピアノを好んで使用したのか、彼の嗜好と共に理解を深めていきましょう♪
ショパンが使用したピアノの2つのピアノメーカー|エラールとプレイエル
ショパンは優れたピアノ演奏家でもありましたが、コンサート会場での演奏よりもサロンでの演奏を好んでいたと言われています。
ショパンは、「広いパッセージを弾くときには、その極端なまでの手首の柔らかさを用いて素晴らしい効果を生み出した」「力を込めて鍵盤を叩いたりして、強い音を出すようなことはしなかった」と同時代の人に評されていました。
このようなショパンの特質は、雑然と人の集まる公のコンサート会場よりも、サロンのような環境でこそより発揮されたと考えられます。
そんなショパンが好んで使用していたピアノは、エラールとプレイエルでした。
ショパンは「疲れているとき、気分が優れないときはエラールのピアノを弾き、気分が良く体力のあるときにはプレイエルのピアノを弾く」と弟子に語っています。
エラールのピアノ~ダブル・エスケープメント・アクション~
ショパンが疲れていたり、気分が優れない時に使用したのが、エラールのピアノです。
セバスチャン・エラールは家具職人からチェンバロメーカーとして創業し、1777年に初めてのピアノを製作しました。19世紀フランスを代表するピアノ・メーカーです。
エラールのピアノと言えば、ハイドン、ベートーヴェン、リスト、ショパン、メンデルスゾーン、ヴェルディ、ワーグナー、シャブリエ、フォーレ、ラヴェルといった作曲家の他、マリー・アントワネットも顧客として名を連ねています。
特筆すべきは、1821年に甥のピエール・エラールが発明した「ダブルエスケープメントアクション」です。
ダブルエスケープメントアクションは、ハンマーを支えるジャック(弦をはじく)が打鍵後に素早く元の位置に戻る仕組みです。
エラールのダブルエスケープメントアクションによって素早い連打が可能となり、演奏表現が広がりました。多彩な色彩感のある音色が特長です。
エラール独自の「アンダーダンパー」はダンパーを弦に向かって上に持ち上げることにより消音するため少し時間がかかります。
そのため、まるで弦楽器から声が自然に消えるような効果を生みます。
プレイエルのピアノ~シンギングトーン~
一方で、ショパンの気分が良く体力がある時に使用したのはプレイエルのピアノです。
プレイエルの創業者イグナツ・プレイエルは、ハイドンの弟子で自身も音楽家でした。
しかしながら、フランス革命の影響で活動がままならなくなり、楽譜の出版、次いで1807年にピアノ製造を始めます。
プレイエルは、イギリスのピアノ製作技術をいち早く取り入れてピアノ界に頭角を現しました。
跡を継いだ長男のカミーユも優れたピアニストで、多くの音楽家を支援し、交流を持ちました。ショパンがパリデビューを飾ったのも、プレイエルのサロンです。
プレイエルのピアノはイギリス式のシングルエスケープメントアクションです。
繊細なタッチが要求されるためコントロールしづらく、だからこそショパンも「気分が良く体力のあるときにはプレイエルのピアノを弾く」と言ったのでしょう。
そんなプレイエルのピアノの魅力は「シンギングトーン」、歌声のような伸びのある響きです。
また、第2の響板(=弦の下に張られた音響効果を高める板)が存在し、上にかぶせて取り付けることで、響きに変化が生まれます。
取り外して弾くことも可能ですが、これもショパンの音楽を特徴づける一要素と言えるでしょう。
ショパンは、自分の心情を指先からダイレクトに反映できる楽器として、プレイエルのピアノに心を寄せていたと考えられます。
ショパンがピアノに求めたのは「オペラ」の要素
ショパンはなぜエラールとプレイエルのピアノを好んで使用していたのでしょうか?
その答えは、ショパンがピアノに何を求めていたのか、という点にあります。
――ショパンの作品のほとんどは、ピアノ作品です。
そのため、一見するとショパンはピアノ作品ばかり聴いていたのではないかと思えます。
しかしながら、なんとショパンはオペラを非常に好んでいたのです。
ワルシャワ時代のショパンは、ロッシーニ、ドニゼッティ、ベッリーニ、モーツァルトなどのオペラ上演に何度も足を運び、特にロッシーニはお気に入りでした。
ショパンの手紙にもロッシーニの名前がたびたび登場し、「セビリアの理髪師」が大好きだったと言われています。
ショパンのオペラ好きは、ピアノに対する考え方にも影響を与えていました。
ショパンは「ピアノを歌わせたい」と考え、ピアノも歌のように美しい音でニュアンスをつけて弾くことを追求しました。
つまり、ショパンはまるでオペラのような要素=歌うような響きをピアノに求めていたのです。
そんなショパンの価値観は、使用するピアノの性格にも表れていました。
ショパンが使用していたピアノは主にエラールとプレイエルです。
エラールとプレイエルのピアノの特徴として、いずれも音色が多彩なことが挙げられます。
まさに歌のような表現を可能にするピアノだったのです。
エラールとプレイエルの現在は?
エラールもプレイエルも、現代のピアノで採用されている交差弦ではなく、チェンバロと同じように平行弦で張られています。
交差弦では省スペースができ、低音弦をピアノケースの中心に配置するため多くの共鳴を得ることができる反面、音の濁りが生まれるという弊害もあります。
一方で、エラールやプレイエルの平行弦では各音域がクリアで、透明感のある響きになります。クリアな響きがあったからこそ、ショパンがエラールやプレイエルを好んで使用したと考えられます
ところが、エラール社は経営難のため、第2次大戦後にガヴォー社と合併します。さらに、1961年にプレイエルに吸収合併されます。
これも1971年に倒産してしまい、エラール社はドイツのシンメル社に買収され、一時期フランスからピアノメーカーがなくなってしまいます。
その後、フランス政府の援助で技術者が集結して、「ラモー」というメーカーが設立されました。
そして、プレイエル、エラール、ガヴォーを買い戻し、1996年には「プレイエル」の名前も復活して製造を行いました。
2000年代から最高級ピアノの受注生産となりましたが、それも2013年に生産中止に。現在は在庫販売と自社ピアノの修理がメインとなっています。
近年の当時の楽器を使って演奏を再現しようという動きはショパンピアノコンクールにも及び、2018年には第1回ショパン国際ピリオド楽器コンクールが開催されました。
このような潮流を受けて、ショパンが好んで使用したピアノの響きがよみがえることを願ってやみません。
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